鹿児島店姶良店

Founder Story

家を売る側を、
辞めた日。

29歳のとき、ある日突然、会社を辞めました。

タテカタ代表 中釜竜也(たっちゃん)

鹿児島で家づくり相談窓口「タテカタ」を運営している、中釜 竜也(たっちゃん)です。

このページでは、僕がなぜ「家を売る側」を辞め、第三者として家づくりに伴走する仕事を始めたのか、その経緯を正直にお話しします。

家づくりの正解は1つじゃありません。けれど、僕がここに辿り着くまでには、いくつかの「決定的な瞬間」がありました。

Chapter 01

29歳、突然の決意

29歳のとき、ある日突然、会社を辞めました。

次の日、いつもどおり仕事に行くフリをして家を出て、誰もいない自然のあるところで、ただ空を見ていました。

それまでずっと、「30歳を前に人生を変えたい」と思っていました。けれど、思っているだけで、行動には移せずにいた。きっかけは些細な上司とのトラブルでしたが、それが最後の一押しになったんです。

そこから3か月、思い切って休みました。本を読み、初めて家事を全部自分でやってみました。料理も、洗濯も、掃除も、買い物も。それまで誰がやってくれていたのかを、ようやく身体で理解した3か月でした。

Chapter 02

妻のひと言

3か月経つと、不思議なもので、仕事がしたくてたまらなくなってきました。

資格もない自分が年収1,000万円を稼ぐにはどうすればいいか。本気で考えて、辿り着いたのは「住宅か保険の営業」でした。当時の自分にとって、年収を一気に引き上げられそうな選択肢は、その2つしか思い浮かばなかったんです。

どちらに進むか迷っていたとき、決定打になったのは妻のひと言でした。

保険は、人が悲しい時に感謝される仕事だから、あなたには向かないよ。 — 妻のひと言

自分でもハッとしました。確かに、僕がやりたいのは「人が悲しい時に支える仕事」じゃなく、「人が前を向こうとしている時に、横で並走する仕事」だったんです。

住宅一本に絞ろう。そう決めました。

Chapter 03

県内1位の大手注文住宅会社で7年間

住宅業界に飛び込んだのは、当時県内2位の大手注文住宅会社でした。

人が変わったように働きました。「結果を出すまで休みは求めない」と家族に宣言した7年間。日付が変わって帰る日が当たり前で、土日も現場と打ち合わせと契約に追われていました。

Year 1

営業主任

Year 2

営業課長/
年収1,000万円突破

Year 3

営業部長/
会社が県内1位に

数字だけを見れば、僕は「成功した営業マン」でした。年収も、肩書きも、業界内での評価も、20代の自分が望んだものを全部手に入れていた。

ただ、その代わりに、ごっそりと失っていたものがあったんです。それに気づくのが、もう少し先の話になります。

営業時代の中釜竜也
営業マン時代の一枚。

Chapter 04

長男のひと言

気づけば37歳。長男は10歳になっていました。

ある日、ちょっとしたことで長男を叱りました。よくある親子のやり取りのつもりでした。けれど、長男から返ってきた言葉は、ちょっと違ったんです。

家にいないお父さんに、ぼくのことはわからない。 — 長男のひと言

言葉が出ませんでした。

何も、言い返せませんでした。

叱る権利が、自分にはなかった。一緒にいる時間が、それだけ少なかったから。長男の言葉は、紛れもない事実でした。

Chapter 05

3歳の娘の

数日後、3歳の次女が、朝の玄関で僕にこう言いました。

もう、帰っちゃうの? — 3歳の娘のひと言

「もう、帰っちゃうの?」。

その言葉の意味が、すぐにはわかりませんでした。じわじわと、脳に届きました。

3歳の娘の中で、僕が帰る場所は「会社」になっていた。家は、僕が時々立ち寄る「寄り道先」になっていた。

仕事のために家族を持ったわけじゃないはずなのに、いつの間にか、自分の足元の風景が反対側になっていたんです。

「家」が、家族の中で
意味を失いかけていた瞬間。

Chapter 06

タテカタの始まり

その瞬間、決めました。

お客様の幸せを考える仕事」を、もう一度やろう、と。

数字に追われる仕事じゃなく。社内の評価に振り回される仕事じゃなく。忖度なしに、第三者として、お客様の家づくりに本気で向き合う仕事を。

売る側のロジックではなく、買う側の隣に立つロジックで。住宅会社にも遠慮なく要望が伝えられて、合わなければ「お断りの代行」までできる立場で。

それが、タテカタの始まりです。

「売る側」から「買う側の隣」へ。
立ち位置を、ぐるっと反対にした日。

Chapter 07

ハッピーパパパパウェンズデー

今、毎週水曜の17時以降は「ハッピーパパパパウェンズデー」と名付けて、子供たちとの時間としてカレンダーをブロックしています。

仕事はその時間、原則として入れません。鹿児島市内の予約も、オンライン相談も、その日のその時間だけは譲らない。

子供たちは、この日を本当に楽しみにしてくれています。一緒にご飯を食べて、公園で遊んで、くだらない話で笑って、ただそれだけのことが、こんなに尊いのかと毎週のように思います。

家族との時間を過ごす中釜竜也
毎週水曜日は、家族との時間に。

あのとき思い切って独立して、本当によかった。心からそう思います。

そして同時に、「お客様の家づくりが終わるまで、最後まで一緒に走りたい」という気持ちが、年々強くなっていきます。タテカタに来てくれたご家族にも、僕が手に入れたこの当たり前の時間を、ちゃんと味わってほしい。家は、その器だから。

タテカタは、
あなたの家づくりも、最後まで伴走します。

「何を聞いていいかも分からない」その状態で、大丈夫です。
まずは、たっちゃんに会いに来てください。

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